【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第1節 MI・TSU・RU 依存症 [3]




「ツタ?」
 さらに眉を寄せ、やがて呆れたように口の端を吊り上げる。
「あぁ あのチビのコトか。里奈、お前まだあの男の事を気にしていたのか?」
 その言葉に、再び里奈の瞳に涙が浮かぶ。みるみる溢れ、頬を伝う。
「サイテーよ」
 声を震わせ、またしても両手で顔を覆う。
 優輝はやれやれと両手を広げた。
「悪いけど、結果を決めたのは里奈自身だ」
 まるで(さと)すような言い草。
「あの男を信用しなかった、里奈が悪い」
 バッと顔をあげる。円らな瞳をさらに見開き、口は半開きのままガクガクと震える。
 優輝は小首を傾げた。
「大迫美鶴の事だってそうだ。みんな、里奈が招いたんだよ」
「何の話?」
 美鶴には、二人の会話がいまいち理解できない。

 コウくん。

 そうだ。里奈は中学一年の時、同じ塾の他校の生徒と付き合っていた。里奈は彼をコウくんと呼んでいた。

 コウくん? 蔦くん?
 蔦とは、あの男子生徒?

「蔦?」
 混乱する美鶴の呟きに、優輝は瞳を閉じる。
「くだらない昔話だよ」
 恋に盲目してお互いの本心が見えなくなっていた、可哀想な二人のお話。
 優輝は、本当に御伽噺でも語るかのように、ゆるやかに口を開いた。
「本当にくだらない、幼稚で無様な昔の話」





 蔦康煕から告白された時、里奈は驚きのあまり声も出なかった。
「あっ ごめん」
 何の反応も見せない里奈に、康煕は視線を落した。
「俺みたいなチビ、嫌だよな」
 自分に言い聞かせるように言って、顔をあげた。
「ごめん。こんなの迷惑だったよな」
 振られても笑おう。そう決めていた笑顔を浮かべ、康煕は一度大きく息を吸う。
「ごめんな。今の忘れて」
 じゃっと手をあげ向けられた背を、思いっきりひっぱることしか、里奈にはできなかった。





「えぇ? 彼氏できたぁっ?」
 中学に入学してまだ数ヶ月の、まだ幼く、そしてまだ快活で素直だった頃の美鶴。そんな彼女の大声に、里奈はビックリ飛び上がる。
「声大きいってっ!」
 一生懸命声を潜ませ、キョロキョロと辺りを伺う。
 階段に腰を下ろし、隠れるように二人だけ。
 昼休みの裏庭。誰もいないだろうが、それにしても美鶴の声は大き過ぎる。
 里奈に(とが)められ慌てて両手で口を覆うも、目はパチクリ開いたまま。
「彼氏って、彼氏って、ひょっとして?」
 恥ずかしそうに俯く里奈の顔を、無遠慮に覗き込む。
「ひょっとして、前から言ってた同じ塾の子?」







あなたが現在お読みになっているのは、第7章【雲隠れ (後編)】第1節【MI・TSU・RU 依存症】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)